令和8年7月25日
久しぶりに一日追われるものが何もなく、好き勝手にご飯を食べたりホームセンターへ買い物に行ったりした。日中は相変わらずとんでもない暑さだったけど、陽が落ちてから一気に涼しくなってきて、嬉しくて蚊取り線香に火をつけて冷房を止めた。
令和8年7月21日
山と木々と生き物しかないところを歩くのは、本当の時間に戻ったようでやっぱりよかった。次はどんなところを歩いてみたいかいろいろと考えて、それも楽しい。
令和8年7月17日
昼過ぎから土砂崩れがはじまって、雷もたくさん落ちて、ソワソワしてタバコを何本か吸った。
令和8年7月14日
水を全部で3リットル近く飲んだ。意外とそこまでトイレに行かなかった。いいかも。
令和8年7月13日
夏の蝉がたくさん鳴き始めた

令和8年7月12日
シーツを洗って干して、煙草を2本吸った。あとは高校野球の地方大会を流しながらぼーっと過ごした。なんだかソワソワする現象は今日も続いた。横になったら少し落ち着いた。
夕飯を食べて、夜8時半過ぎ、いつもこの辺りから副業の作業まとめを初めて、毎週のミーティングに備える。休みも終わりなので一番諦めがついて物事を進められる時間ではあるけど、大変なことに変わりはない。
令和8年7月11日
体が動きそうだったので、洗濯を回して、ダンボールを数十キロ分くらい束ねて、ずっと蚊の入り口になってた網戸の網を張り替えた。どうにもソワソワして仕方がなかったので、葉巻を一本吸った。
スポーツブルとかいうスマホアプリはどういう理屈か知らないけど春夏の高校野球を地方大会から全部タダ見れる。甲子園よりもこっちのほうが最近はおもしろい気がする。
午後は体から力が抜けてしまい、カップ麺を食べたあと布団の上で過ごした。
令和8年7月10日
ある計画からAさんが辞退して、なぜかとても悲しく気持ちが落ち込んでしまった。こんな遊びみたいなことより大切にし続けたいものがあったんだと思う。メンクリを予約しようと思ったけど、予想通りどこも予約で1ヶ月以上先までいっぱいだった。
今週は山から帰ってきた後の1回しか風呂に入れてない。外に出てないから別にいいんだけど。水タオルで拭いてはいるし。
令和8年6月23日
月曜日はまだ疲れが取れなくて、とても眠かった。今日は数か月ぶりくらいに前向きな気持ちになって日中を過ごせた。日々を頑張って、またAさんと過ごせる日が来たらいいなと思った。
令和8年6月16日
職場でオレンジを絞っている時、最近お話してくれるようになった隣のグループのマネージャーさんと食事の話になって「もう老い先短いんだから健康なんか気にせずに好きなもの食うんだ」と言われた。言われてみれば40歳前後って、体を思い通りに動かせる年齢でいえばもうとっくに半分以上終わってるんだなって当たり前のことを考え直させられた。
僕の人生は、もう陽が傾き始めている。先のことを不安がらなくても自然と終わりは来る、そう思える年頃かもしれない。自分の所有物を自分でいちいち入力しなくてもざっくり把握してくれて、どれを優先的に処分すべきか客観的に教えてくれる何かが欲しい。
令和8年6月7日
頭の中に綺麗な緑色と心地よい水の音はたくさん残っているけど、言葉で表現できない。何も口にできず、文字に落とせなくて、みっともない。そこに連れてきてくれた人に、もっと感じたことを伝えたかった。
僕は山歩きの最中、綺麗な沢に出くわすとつい水を口にしたくなってしまう。最初に手をつけて温度を確かめて、次に両手ですくって浮遊物を確かめて、そのあとで数回口にする。これでいつも、山に許された気持ちになって嬉しいのだ。
令和8年6月3日
また季節風邪をこじらせて、火曜日水曜日と著しくパフォーマンスが低かった。今度は扁桃腺がおかしくなっている感じがあり、熱はなかったものの異様に体がだるい。
幸い今日の夕方時点でほとんど良くなったので、金曜日の山歩きには影響なさそうで安心した。この歳になっても、体調が悪くなって何もできないと心細くなる。
令和8年5月31日
テーピングした場所がかぶれてしまい、痒くて夜中に何度も目が覚めた。暑くて汗をたくさんかいたせいかもしれないけど、これではまずいので対策を考える必要がある。
また、昨日の山歩きで靴下が薄いと靴の中に結構余裕があることに気づいた。もしかしたらインソールで膝の痛みが改善される余地があるかもしれない。
今日はAIにコードを書かせたり、眠気に勝てず昼寝をしたり、副業用のインフラ増強作業をしたり、作業の多い一日だった。
昨日全身運動をしたので、今日もディップスのみ。
令和8年5月30日
テーピングのお陰でいつもの筋は痛めなかった。それで途中から調子に乗ってペースを上げたら、普通に関節が痛くなってきた。ギリギリを見極めながら無事に下山し、最終的に膝のトラブルで止まったり大幅にペースを落とすこともなかった。これで膝要因では迷惑をかけずに済みそうで、安心した。




令和8年5月29日
初めて靖國さんへお参りした理由: 喫煙所をお借りしたため

令和8年5月28日
もう終わりの日かと思っていた。終わりじゃないことが分かって、安心してたくさんお酒を飲んでしまった。
令和8年5月27日
全体的にできることの少ない日だった。誠意って人によって違う形をしているから、誠意を受け取ったり示したりするのって基本的にはすれ違うし、授受が成立してもそれはただの偶然の産物だな、などという当たり前すぎる考え事をしていた。昨日いっぱいAIに仕事させたしまあいいか。中途覚醒は未だに収まらないけど昼間眠くならないのでまだ大丈夫。
令和8年5月25日
Aさんは僕と全然違って、理性的で上品で教養があって、そうなるための努力をしてて、それと比べて僕は感情的で粗暴で何も知らなくて、怠惰なんだなと感じた。並んで歩いているとAさんの格を下げているようで、色々と反芻しているうちに自分がとても惨めに見え、申し訳なくなってきた。
今日は遅いのでディップスのみ。
令和8年5月18日
自分の手持ちのキャンプ道具には、山歩きに使えるものもあれば使えないものもある。テントはレジャー用なので無理だ。バーナーはホワイトガソリン用のがあるけど、できれば軽くてコンパクトなOD缶用のも欲しいかも。マットは軽さやサイズも問題なく、多分使える。シュラフは2つあって、一つはモンベルの冬季用と思われる親からの貰い物。スペック的には大丈夫そうだけど、だいぶ年代物であまりにも嵩張るのでちょっとNG。もう一つは自分用に買ってもらったPAINEのシュラフ(調べるとナンガのOEM品で、PAINEとは石井スポーツのプライベートブランドのようだった)で、ダウンは400g程のようなので恐らく平地キャンプ向けだろう。こちらは5月から10月くらいの低山キャンプくらいなら使えそうだ。秋春にも安心してテント泊するならどんなのがいいかな、などと探し始めてしまった。
令和8年5月17日
数日前Aさんに合ってお話したとき、仕事で自分一人で一つの商業施設全部の構造設計をやり切ったと言う話を嬉しそうにしてくれた。この人は自分で行きたい道を探して、切り拓いて、模索してたどり着いて、やり遂げていて、本当に立派な人だと思ったし、僕も嬉しくなった。今朝思い出して改めて凄いなと感服したので、文章にしたくなった。
令和8年5月14日
にじさんじのフレン・E・ルスタリオに盛大に誕生日を祝われた。ホテルのデカい宴会場に何十人もゲストがいて、何百万するらしい高い酒を飲まされた。その後クイズ大会で参加者の誕生日を当てるゲームをやらされて、1人も言い当てられなかった。
朝起きても昨日のAさんの笑顔は記憶に鮮明に残っている。
令和8年5月13日
体温は平熱に戻り、体の怠さも喉の違和感もなくなった。荷物が午前中に届いたら、午後から出社してもいいかもしれない。
令和8年5月12日
僕は「いつか使うかもしれない」と思ったものをとっておく習性がある。この習性も僕の身の回りをモノで溢れさせる要因の一つだ。「いつか」は一生来ないから捨てろ、という言説もあるが、過去にそれで買い直す羽目になったことがあり、かなり悔しかった。
この習性を受け入れつつ整頓する方法は無いものかと考えた結果、とりあえず「いつか使うかもしれないもの入れ」を用意して片っ端から突っ込んでゆき、その中は細かく分類しないでもいいことにすれば、今よりはマシになるのではないかと思った。嫌になったり身軽になりたければ、その入れ物ごと処分すればいいのだ。
令和8年5月11日
必要な物ばかり壊れたりなくなったりして、要らないものばかり残っている。何なんだここは。もう全部投げ出したい。イライラして、呆れて、悲しくなった。
9日の山歩きの帰り途中ころから体調を崩してしまった。風邪らしい風邪は久しぶりで、結構尾を引いているので、少し心細くなった。熱はほとんど引いたけど咳がまだ少し出る。
そういえば高専生のとき、ちょうど今くらいの時期に数週間咳が止まらなくなる変な症状がでたことがあった。京都に住んでた時も同じ症状がある年だけ発症して耳鼻咽喉科の先生に見てもらったけど、原因はわからず薬も効かなかった。あれは何だったんだろう。
令和8年5月8日
Aさんは新しく配属した部署の先輩に恋をしたようで、一切連絡が取れなくなった。僕は子供の頃好きだった電車の復活運転イベントに行って電車の登場を待っていると、Aさんはツイッターに意味ありげな写真などを投稿していた。そんな夢だった。
令和8年5月5日
(5月8日に記載)
この日は練習登山をしに正丸から吾野にかけて山歩きをしたが、序盤が終わるあたりで早くも足が痛み出してしまった。ペースが遅くなることで計画に支障をきたし、同行者に心配や迷惑をかけるのは事実のため、対策としてサポーターやテーピングをしてもう一度練習登山に向かうことにした。


令和8年5月2日
Aさんと会ってお話した。僕はこの人と様々な方法や形で対話する時間が好きで、それを失うのに猛烈な拒絶を示すことが分かった。
令和8年4月25日
東京都 御前山





令和8年4月12日
今日一日、何かが進んだわけではないけど疲れてしまった。ご飯の上に乗せるネギ塩豚みたいなのの作り置きをつくった。体は動かせなかった。
令和8年4月6日
近頃また、なかなか寝付けなかったり夜中に目が覚めることが増えてきた。よくわからないけど漠然とした不安を微かに感じる。
令和8年4月3日
木 ディップス15回×3、ローラ15回×3
令和8年4月2日
火 背筋と肩
月 セックス
日 太ももと尻
土 胸筋
令和8年3月10日
ディップス15×3
令和8年3月4日
昨日労働を休んでしまった。日中ほとんど寝ていたけど、夜も普通に熟睡した。何に疲れていたのかよくわからない。
令和8年3月2日
2日連続でできなかった。明日はがんばる
令和8年2月28日
札幌からの帰り際、和菓子屋さんに入ってお土産を見繕っていたら、昔アメリカにいたときに母親が送ってくれた荷物に入っていた羊羹を見つけて急に淋しくなってしまった。
令和8年2月27日
ディップス15×3
腹筋ローラー15×3
令和8年2月26日
遅くなった。曇りが続いていたため、蓄電池系統が底をついていた。
令和8年2月25日
サイドプランク(左右)30秒×3
令和8年2月24日
ローイング15×3
サイドレイズ15×3
令和8年2月14日
最近時間が貴重になってきたせいか、自分の想定と違ってうまく行かない事に直面するとすぐイライラするようになってしまった。
ある郵便物が本人受取限定で届くことになっていて、ネットの追跡ステータスで郵便局に到着して保管期限の表示もあったので、もう受け取れるものと思って車でこの地域の集荷をやってる郵便局に行った。しかし窓口につくと、この郵便物は本人限定受取特定事項伝達型(特伝)といって、郵便局からの通知書の到着を待って、その紙を提示しないと受け取れないそうだった。日本郵便のホームページには下の方にそのことの記載はあったが、通知が届くまで特伝かどうかはわからないので、普段郵便をよく使う人間かどうかのフィルターになるなと思った。
令和8年2月10日
色んな人を車で拾ってスキーしに行く夢を見た。人を拾うだけで1時間半くらいかかって大変だった。
令和8年2月7日
雪国特有の静かな列車の中から景色を眺めながら、前に北海道に来たのはいつだったか考えていた。結局思い出せなかったけど、何となく帰ってきた気持ちになった。
令和8年1月30日
出張なので早起きした
バスが変な渋滞にハマったので、幾つか前の停留所で降りて、安全靴で1キロくらい走った。ロータリーに入ると一つ前を走ってたバスが到着していた。ホームに登ると乗る予定だった列車が入ってきた。
朝走ったせいか両膝が痛い。運動をしなさすぎている。
令和7年12月3日
今月の目標
- 使える不用品を換金する
- 散らかった家の中を片付ける
- 年明けまでか片付いた状態
今日初めて意味を知った言葉「縁(よすが)」
令和7年11月16日
数ヶ月ぶりに途中覚醒せず眠れて、目覚めよく、昼も眠くならず、不安のない一日だった。
令和7年11月9日
近所のファミマのクリスマスケーキがもう完売してた。
令和7年10月29日
何ヶ月かぶりに中途覚醒せず一晩中眠った。
令和7年10月27日
週末に過ごした時間と平日の時間の落差が激しすぎて、気が滅入ってしまった。今週頑張ったら三連休。
令和7年10月17日
体が動いたので、出社して初めてチャットなどを見たら、色々大炎上してて、消化活動などに明け暮れた。「これが解決できなかったら発売即リコールです」とかいう製造業で最高レベルに怖い脅しを聞いたのが新鮮な体験だった。
でも別に僕がいなかったところで物事はあるべき地点に収束していたと思う。僕一人いなかったところで、この世の中に変化など一切起きない。そういう当たり前の無力さを前提に、日々気を抜いていければと思った。
令和7年10月16日
朝、驚くほど体が動かず、休みの連絡を入れた。昼前に何とか這い上がって風呂に入って、おにぎりと焼き鮭を食べて、また横になった。いつの間にか眠っていて、起きたら外はもう薄暗かった。
何かしないと、みたいな焦燥感があるけど、今日は何もしなくていいことにする。
令和7年10月15日
知らない人と会話して、本当に本当に疲れた。最近ちょっとのことですぐ疲れる。もう駄目なのかもしれない。
令和7年10月13日
今日の13時までやってた原神のガチャ石がもらえるキャンペーンを逃した。
5時半でまっくらになってしまった。
令和7年10月11日
夜中目を覚まして階段を登っていくと、小窓から雪がちらついているのが見えた。ベランダに出ると周りの家の屋根は真っ白になっていた。朝どうなってるかなと思いながらまた布団に戻った。次に起きたら、小雨が降っていた。
暇だったので昔の写真などを見ていたら、大学の研究室やサークルの写真が出てきた。中には僕よりもはるかに立派になって、家を建て、子は小学生に通ってるような同級生がいる。本当にすごい。僕は今の自分一人で精一杯なのに。懐かしいけど、淋しい気持ちになった。
令和7年10月10日
中学3年生の時の人何人かと、合宿のような旅行をしている夢だった、みんな外に探検に出かけてしまい、比較的仲の良かったSさんと僕が部屋に残っていた。Sさんは赤いパーカーを着ていて、派手だなと思っていたら、急に布団に潜り込んで僕を招き入れた。お互い体を触ったり抱き合ったりして、暖かかった。そのままSさんは僕を受け入れてくれて、夢ではあまり味わったことのない安心を感じた。Sさんの温かさと受け入れてもらえた安心感で眠りに落ちた後、目が醒めた。
とても涼しいので、いっぱいお湯を沸かして魔法瓶に入れ、今日一日の分のコーヒーを淹れた。

令和7年10月6日
37歳最初の朝は6時過ぎに蚊に起こされた。
いつになっても精神が成長してないので、自転車にバケツと網とかを載せて用水路を探索した。ドジョウはいなかったけど、いろんな川の生き物がいた。

みんな厳しい環境で生きてて、すごいなと思った。テナガエビは海で生まれてここまで戻ってくるらしい。
遅い昼ごはんを食べて、昼寝した。起きたら月がきれいに見えていた。

布団に入ったら今朝の夢を思い出した。夢の中で目を覚ましたら工事現場みたいなところに横たわってて、頭上には接続されてない電線みたいなのがぶら下がってた。体を起こして辺りを歩き回ると外国人労働者が忙しそうにいろいろな工事をしていて、現場監督らしき人が僕に向かって何か言ってきた。何語かわからなかったけど、表情と雰囲気から多分罵っていたんだと思う。
令和7年9月4日
久しぶりの雨の日を家で過ごしかったのと、気持ちが沈んでしまったので、午後お休みにしてしまいました。今年は夏の平均気温が2.5℃くらい高かったらしいですが、ずっと自律神経の調子が良くない感じがしました。それでも京都の夏よりはマシだったはずなのに、なぜでしょう。
令和7年8月27日
かれこれ数カ月、朝7時半より前に起きるのが難しくなっている。毎日暑い。早く涼しくなってほしい。
令和7年8月19日
普段はそこそこやって大事な時に本気出すようなやり方で十二分に認めてもらえるのだから、いつも変に頑張ろうとして疲弊するのを、いい加減やめたい。
令和7年8月4日
今まで夏バテで仕事に身が入らないと思っていたけど、Aさんと不仲になってしまってからはそれが要因でうつに近い状態になっていたかもしれない。今日は面倒くさがりながらも出社できたし、今まで着手できなかったことに着手できた。
金曜日に連れて行ってもらった小籠包屋さんの外のカウンター席が大好きになった。次に行くときは、できたら敢えてあの席を指定したいと思った。
令和7年7月24日
自律神経の失調と思われる。
令和7年7月23日
なんだか体調が良くなく、午後お休みしてしまった。連休にすこし、がむしゃらにすぎたかもしれない。
令和7年7月1日
最近、夜中に起きることが少なくなってきたように思う。トイレで出してた水分を汗で出すようになったからかもしれない。
令和7年6月29日
今週末も、何も生産できなかった。
令和7年6月24日
横になると、前に見た夢をなんとなく思い出す。いろんな電車に乗って、駅をぐるぐる歩き回る夢だった。通勤に電車を使うようになってから、しばしばこんな感じの夢を見るようになった。
主に旅客業をやっている現代の鉄道会社ではあるけど、通勤電車なんてどちらかといえば労働力を運ぶ貨物列車みたいなものだ。子供の頃は電車が好きだったけど、最近は嫌いになってきた。地方を走る気動車とか、純粋なモノを運ぶ貨物列車を牽く機関車は今も好き。
令和7年6月23日
連日、梅雨とは思えない晴天と暑さと、台風の風で、みかんの木から一気に古い実が落ちてきた。新しい実は大きいビー玉くらいになってきた。
令和7年6月20日
引越の当日になっても何も準備できてなかったり、引越先に誰かが居たり、引っ越し先が解体中だったりする夢は、大体調子が悪い時に見る。
令和7年6月8日
今日やったこと: みかんの木の下に生えて来てる木の芽を鉢に移してみたりしてた。4種類くらいあって、1つはナンテン、もう1つはトウネズミモチという雑木らしい。残り2つは不明。
あとはボーッとしていたら、夕方になってしまった。
令和7年6月2日
昨日のことだけど、今シーズン(たぶん)最後のみかん採りをした。採りやすいところはほとんど採ってしまったので、最後は木登りになった。また100kgほどのみかんが籠に積み上がった。
2年目で感じたことだけど、さすがに立夏を越えて樹上に残しておいても皮が厚くなるばかりな上に日焼けして見た目が悪くなるので、4月下旬までに計画的に収穫を進めるのがよさそうだ。今シーズンは昨シーズンより豊作で、今年の花の付き具合からして来シーズンは更に豊作なので、いい活用方法を見つけられたらいいな。
令和7年5月28日
ユキムシが居た

令和7年5月7日
連休中は主に庭の様子を観察した。






令和7年5月1日
最近よく眠れないので、寝る前に飲んでる不安を和らげる薬を元の量に戻した。依存性があるので本当は少しずつ減らしたかったけど、まだダメだった。
令和7年4月28日
3月はじめに注文したパソコンが明日届くようで、楽しみで会社の人に少し自慢してしまった。
令和7年4月27日
2週間ぶりくらいに寝起きがすっきりしてた。
朝方涼しいせいか、花粉がよく飛んでた。もうそろそろ終わってほしい。
令和7年4月26日
原因不明の頭痛で半日無駄にしてしまった。
令和7年4月25日
カナヘビがいた。アジサイの花の蕾ができてきた。
令和7年4月24日
何だか変な目眩がする。少し頑張りすぎたかもしれない。
令和7年4月23日
霧雨みたいで気持ちいい天気だった
令和7年4月22日
庭に猫が来てた
令和7年4月20日
ツバメと糸トンボが飛んできた。
令和7年4月19日
庭の大根がすごい勢いで花を咲かそうとし出したので、もいで炒めたら美味しかった。
令和7年4月18日
ソメイヨシノで花見をしないまま、ほとんど桜が散ってしまった。オフィス前の雑木林は、だんだん青暗く湿った涼しさが漂うようになってきた。
令和7年4月16日
デッドラインが近づいてきて、いよいよ労働環境の雰囲気がピリピリしてきた。八つ当たりしてくるような人間もいるが、半年来飲み続けてる薬が効いてるのか怒りの沸点が下がったというか、感情の浮き沈みが少なくなってとても助かる。ハイハイお疲れ様ですという気持ちで嫌味の一つ返す程度で気が済んだ。
花粉が少なくなってきたのか、一瞬外に出ても鼻がムズムズすることがなくなった。
皿を洗った。
令和7年4月15日
耳栓をつけて寝たら少しよく眠れたように思う。見た夢は最悪だった。祖母の家に家族で住んでいて、突然中国人のギャングが現れて父親を誘拐していった。警察に通報したらなぜか4tトラックのパトカー1台だけ来たが、あとから追いギャングがやってきてそいつらに制圧されてしまった。今の家の玄関には防犯用にピッケルを忍ばせてあるのに、この家は祖母の家だから無くて反撃できない、みたいなことを考えてた。結局ギャングは銃を持っていたので、ピッケルなんかではどうしょうもなかったけど。しばらくしたら警察も応援が来たが、既に僕はギャングに捕らえられていた。「コイツがどうなってもいいのか」みたいなお決まりのセリフを言ったところで僕が銃を奪おうと暴れ出し、数発撃たれたところで目が覚めた。
火曜だけど酒を飲んだ。酒を飲んだらややこしい事が頭から消える。
令和7年4月14日
一日暇だった
夕飯に豚の生姜焼きを作った
令和7年3月25日
仮面を被るのがうまい人生N周目の人間が世の中には多すぎて、お人好しはただただ絶望するしかない。
令和7年3月19日
朝になって雪がちらついてきた。急きょ出社することになって電車に乗って走り出したら、現代の電車ではめったに聞けない車輪のフラット音と合わさったジョイント音を聞いて、懐かしい気持ちになった。都会で雪の日に出社するといいこともあるな、と思った。
上の文章を書いてたら、乗っている電車が東京の一つ手前の新日本橋から動かなくなった。前を走る特急の車両点検とか言ってて、しばらく動きそうにないのでここから歩くことにした。その結果、東京まで行ってから歩くのとほぼ到着時間が変わらず電車賃を節約できることがわかった。
令和7年3月12日
なんだか熱が出て、労働をお休みした。先週からダラダラと体調があまりよくない。そろそろコイツはダメだ判定されるかもしれない。
今使ってる4年前に買ったノートパソコンのシリーズ最新モデルが販売開始になった。なぜか欲しいスペックが海外でしか売っていなかったので必死で探し回ってたけど、信頼できそうなアメリカの通販サイトでたまたま予約販売をしていたのを見つけて秒で注文をした。たぶん届くのは速くても一ヶ月後とかなので、それまでは生き延びたい。
令和7年3月6日
連日曇りや雨、時々雪で、寒くて冬っぽくて、嬉しかった。
令和7年3月5日
少なくとも週に半日はのんびりする時間を作ること。睡眠時間は八時間の確保に努めること。
令和7年3月3日
土日頑張りすぎて、月曜の朝からヘトヘト
令和7年3月1日
洗濯物を干して、5ヶ月放置してバッテリーが上がった車を蘇生して、ホムセンで買物して、ガソリンと灯油とタイヤの空気を補給して、お金を預けて、ドラッグストアで買物して午前を終えた。午後はちょっとみかんを採って、昼寝した。一人で過ごすいい土曜日だった。
令和7年2月21日
今週はよかった。というより、先週は何かおかしかった。
令和7年2月13日
明日はさすがに労働にはげみたい
令和7年2月12日
体調不良で休むことにした。この手の嘘というか仮病を使うのに何の臆面もなくなってきたけど、これが等身大の自分なので仕方ないと諦められるようになったとも言える。
令和7年2月11日
体を動かしたり、昼寝をしたり、苺を食べたりして過ごした。
令和7年2月2日
土曜日はたくさん寝た。日曜日は少し進んだ。
令和7年1月25日
寝不足で丸一日何もできなかった。今夜はうまく眠れるといいな。
令和7年1月23日
軽井沢に勉強合宿に行く夢だった。女子と相部屋だった。中3の同級生のМさん、前職の同僚のSさんがいた。雪が少なくて、外でできることが何もないという話をしていた。その後は薄い本みたいな展開だった。最近何か足りてないのかもしれない。
令和7年1月21日
夜布団に入ったら、なんとなく今朝の夢を思い出した。
別荘に行くとゲル状の塊に包まれた女の子の亡霊が居た。怖くなって逃げたら追いかけてきた。走りながら後ろを向くとなんだか笑ってる気がして、とんでもない速さで追い越された。亡霊は神社にお参りをすると、何か光の柱が天を突いて女の子が実体化した。
女の子は別荘を宿として切り盛りをし始めて、商売が軌道に乗ったら僕に婿になってほしいと言ってきた。引っ越しの荷物をまとめにクルマで帰ろうとしたあたりで目が覚めた。
令和7年1月19日
昨日は掃除と洗濯とみかんの収穫、今日は掃除と洗濯と模様替えをやった。早く髪を切りに行きたいけど場所がない。
令和7年1月17日
近所の商店のお母さんと今年初めて顔を合わせたので、あけましておめでとうの挨拶をした。
令和7年1月15日
定期的に高専や大学に入る夢を見る。今回は高専に入学する夢で、寮に引っ越してきた。水泳部のエースが似合いそうな女子が世話役になってくれるらしく、部屋を案内してくれた。寝泊まりも同じ部屋だと聞いて、こんなに壁が薄いのにどうやって夜中に声抑えさせるんだ、みたいなことを考えてた。
令和7年1月14日
今日も出社できなかった。
令和7年1月13日
パンはフライパンで蓋をして弱火で温めると美味しいことがわかった。
令和7年1月10日
嵯峨野は暮らすのにいい土地だったなと思うことが増えた。夏が暑すぎるところ以外は。
令和7年1月9日
門松を外した
令和7年1月8日
正直この三日で一日分の仕事もしてないと思う。それでもこの組織に人一人の役割が希薄なので何も起こらず、本当に気楽で助かる。
令和7年1月5日
メシを作り、寝て、飯を食い、酒を飲み、ゲームをして、寝る そんな感じで過ごしてたら休みが終わった
令和6年12月31日
引っ越して、違う仕事を始めて、野菜を育てて、宙に浮いた。そんな一年だった。
令和6年12月30日
来年のおせちは、
- 田作り
- 栗きんとん
- 五目きんぴら
- 筑前煮
- 昆布巻き
- 黒豆
↑完了
↓未着手
- 紅白なます
- 蒲鉾
- ローストビーフ
今日やる予定の分は終わってのんびりしようと思ったけど、本当にのんびりして大丈夫なのか不安になった。
令和6年12月16日
体力がなく、体調管理もなってないので、風邪をひいた。もう休みが1.5日しか残っていない。
令和6年12月13日
会社の飲み会が終わり、頭が痛すぎて逃げるように帰路についた。人が多い。街も飲み屋も通路も駅も電車も。暑い。本当にこの国は少子化で困っているんだろうか。
次の次まで辛抱、と思っていると「大丈夫ですか?」という声が聞こえた。ちょっと向こう、混んだ車内にぽっかりと空間が空いている。床には茶色い汚物。かわいそうに。次の駅で降りるよう、声の主に促されていた。列車が止まりドアが開いたので、ドア近くに立っていた自分はホームに体をのり出して手を大きく振ってみるが、我感せずという風に合図もなくドアは閉まり始めた。最近の鉄道会社は本当に定時運行にしか興味を示さない。仕方ないので走行中に次で降りる人を集め、降ろすのを手伝うようお願いした。列車が次の駅に近づき減速を始めたので、号車番号を確認した。ここは前から三番目の車両だったので、ドアが開くなり急いでホームを列車の前の方へ走り、早口で運転士に状況を伝え、駅員との連携を頼んだ。走ってきた方を見るとホームに小さな人だかりが見えたので、外に出られたようだ。列車は何事もなかったかのように走り去った。しばらくして駅員が二人、面倒くさそうな顔をしながら来た。この人らにとっては「またか」といった感じだろうか。事を引き継ぎ、手伝ってくれた心優しい乗客(一人は次が降車駅らしく、また応じてくれたのは皆女性だった)とも別れた途端、急に寒さと頭痛が襲ってきた。今日は13日の金曜日。早く帰りたい。
議題:下車後に聞き出せたことだが、体調を崩した当人はさらに二つ先の駅が本来の下車駅であった。また列車内には車掌室とつながる通話装置が設置されている。最も適切な対応はどのような行動だったか。
考察:理想的には駅到着までの走行中に、まず当人が急性アルコール中毒かどうか診断し、また意識の確認を兼ねて下車駅を聞き出すこと。急性アルコール中毒の兆候がない場合、下車駅まで同行しつつ車掌に連絡を入れ、指示を仰ぐこと。急性アルコール中毒の兆候がある場合、ただちに救急車を次の下車駅で待機するよう手配し、当人を次の駅で降ろすし、速やかに救急車を呼ぶこと(鉄道会社によっては乗客による緊急通報を控えるよう奨励しているが、鉄道法による制限やJR各社の旅客営業規則における言及は存在しない)。今回の場合、当人は継続的に応答可能だったこと、体温の低下や紅潮が見られなかったこと、胸の痛みや苦しみはないとのことから、急性アルコール中毒の可能性は低かったと思われ、よって理想的な対応とは言えない。ただしそのときに居合わせた人間に医師は居らず瞬時に的確な診断を下せなかったため、最悪を想定し、かつ定時運行に支障をきたさないよう鉄道会社へ最大限の配慮をした、一定程度の対応だったとの評価は可能と考えられる。
今日
変な夢を見て目が覚めたら涙が出ていたので、今日は休むことにした
令和6年12月2日

令和6年12月1日
早朝目が覚めたとき、Aさんと海辺を歩く夢を見た。海辺と言っても、巨大な倉庫などのよく分からない施設の連なる海岸線に敷かれた不安定な鉄パイプの足場みたいなところで、時化に満潮が重なって時々腰まで海水に浸りながら進んでいた。多分布団が冷たかったんだと思う。
日の出の眩しさで起きたとき、Aさんと待ち合わせのために電車を降りて駅前で待っていた。駅前ロータリーに出ると屋根のあるきれいなバス停と、イオンの裏側と、ラブホテルが数軒あった。とりあえず腰を下ろしたところでここが大泉学園駅である事に気がついた。もともと池袋で待ち合わせるはずだったので、少し慌ててから丁度来たバスに乗り込んだところで目が覚めた。
令和6年11月21日
急に元気がなくなって、1日休んだ。夢で前の会社の中途の人とか、高専の寮とか色々出てきたのが関係あるかもしれない、しないかもしれない。
令和6年11月11日
今日は明石先生の誕生日だ。明石先生は四小のときの担任の先生で、授業で自作のテキストを配るタイプのすごく頑張る先生だった。総合の時間は校庭で遊ぶ時間とかにしてくれてよかった。あとイジメに対してもすごく敏感で、正義感の強い人だった。ちょうど平成11年の11月11日は、11時11分にクラスの皆で一斉に拍手した。その時の先生のキョトンとした顔は今でもよく覚えている。あと5年で令和11年、あれから30年だ。明石先生は今何歳なんだろう。
令和6年11月6日
小さい頃に家族で乗ってた車を運転する夢を見た。父親も母親もいたけど、今回は特に起きたあと精神に異常をきたさなかった。
令和6年10月29日
布団に入ると前の夢を思い出すんだ。今回は車で遠出したり、電車を運転したりした。車はバッテリー上がりみたいな故障をするし、電車は止まりきれずに車止めに突っ込むみたいな感じだった。
令和6年10月19日
600km走った

令和6年10月18日
夜道を運転して200km離れた土地に来た
令和6年10月17日
Aさんと里山の小さい家に暮らしていて、庭に鳥が来たり、天の川が見えたりするのを教えるとAさんは嬉しそうに僕を見ていた。
令和6年10月16日
全くやる気が出ない一日だった。
令和6年10月15日
ある単行本を探して本屋を三軒ハシゴしたけど、どこにも見当たらなかった。探してる本は大抵見つからない。
令和6年10月14日
この休みも家から出なかった。
庭の雑草が繁茂していた一角を始末して、コンポストに詰め込んだ。卵の産み場所を探してそうなカマキリがいた。
令和6年10月8日
とても現実離れした夢を見た。自分は多分10代くらいに戻ってて、学校のクラスの人たちとバスに乗っていろんな公園を巡っていた。中には実際に昔仲の良かったNなどもいて、一緒に遊んでくれた。そういえばこの歳になって、誰かに何処かへ連れて行ってもらうというのは非常に貴重な機会になってしまった。
あまりに現実離れしすぎていて、朝はしばらく体が動かなかった。
令和6年9月30日
眠りが浅くていろんな夢を見た。ついに職場の人間が夢に出てきたのと、前職の友人と断交する夢は覚えている。しばらく定時で帰るのを目標にしてみようと思う。
令和6年9月29日
家のテレビアンテナでモズが鳴いていた。前の京都の家でもよくモズが来ていて、引っ越す半年前くらいからキンモクセイの木をねぐらにしていた。そのモズはいつも朝6時くらいに起きて元気よく鳴いていた。近くで鳥が暮らしているのは嬉しかった。
令和6年9月28日
粗末にやり過ごした
令和6年9月27日
昨日4時間くらい昼寝して、夜も普通に寝た。
令和6年9月26日
本当に気力がなくて、午後休んだ。
令和6年9月22日
実家に帰省する前に喧嘩するという実績を解除した
令和6年9月18日
1週間前くらいにガッツリ自転車でコケてできた膝小僧の擦り傷がしっかりガキンチョのかさぶたみたいになって、まだまだ行けるなと思った
令和6年9月17日
バスから降りてしばらく歩いたら夜道なのにだいぶ明るくて、はっきりと影があることに気づいて、空を見上げた。
令和6年9月14日
ホームセンターで野菜の種を買った
令和6年9月8日
8:41 − 寝た
17:08 − ゲームして、寝て、ゲームした
令和6年9月7日
8:01 – 昨日は会社の飲み会だった。ためにし二次会まで行って、結局わかったのは自分は空気を読まず余計なことを言う人間だし、自分の問題を他人に転嫁するよくない人間だということだった。それでもこんな人間と好き好んで話をしてくれる稀有な存在があるのも事実で、そんな人を本当に大切にしなければいけないと再認識した。
令和6年9月6日
8:06 – また眠りの浅い日が続いてるけど、多分季節の変わり目だからだと思う
令和6年9月4日
8:09 – 庭に黒ねこが巡回に来ていた。毎日来てほしい。
令和6年9月3日
そもそも今の仕事を始めて二が月くらいで不眠に悩まされ始めて、抗不安剤の服用を今まで続けているという状況を忘れていた。もうちょっと手を抜きつつ上手いこと立ち回りたい。
令和6年9月1日
今日は休出とのことで、家に一人だった。暑くて起きたら既に一人で、適当に蒸しパンとかを食べ、ダラダラゲームをし、眠くなったので昼寝をしたら外が暗くなっていた。
令和6年8月31日
昨日家に帰ってから酒を飲みすぎて、今日の日中は全部横になって過ごした。
夜になって少し元気が出てきたので、芽が出てきそうな芋でいももちを作った。京都にいるときもよく作った。京都の庭で採れた芋を使ったいももちなら観光客にいい値段で売れそうだなと思った。
令和6年8月28日
一日中、頭が働かず、会話もろくにできなかった、。
令和6年8月27日
東京駅の地下ホームからいつも通り地上に出ようと階段を上っていくと、かなり強い通り雨が降っていて、ザーザーと雨粒が落ちる音がした。嬉しかったので近くの人につい「すごい雨ですね」と話しかけてしまったが、何だお前はという顔で一瞥されただけだった。そういえばここはそういう土地だった。その人は面倒くさそうに地下へ引き返し、僕はそのまま外へ出た。
令和6年8月26日
今日は一日、カレンダーにないお休みをとった。やっぱりお盆に休まず働くというのはあまり体に良くなかった。
といってもなにかするわけでもない。掃除機をかけれるとこだけかけた。
令和6年8月25日
午前は不用品の片付けとかをした。暑い。午後はぼんやりしたり、昼寝をしたりしてた。
この週末も何も生産しなかった。
令和6年8月24日
午前中はずっとゴロゴロしてた。昼前に髪を切りに外に出た。駅前は夜からの花火大会でずいぶん浮かれていた。帰ったらまた昼寝をして、起きたら日が傾いていた。エアコンをつけすぎてて、変な匂いがしている。
令和6年8月23日
21:30 – 美容院の予約をした。それ以外は仕事くらいしかやってなく、つまらない一日だった。
令和6年8月22日
21:28 – 普通に自転車こいでただけなのにぜか張り合ってきた電アシのママチャリがいた。車列が前方の交差点で止まったので自分も止まると、ママチャリは勢いそのままに車道から歩道に入り、歩行者を押しのけ、さらに先の降りかかってきている踏切の遮断器を無理やりくぐって勝ち誇ったように走り抜けていった。さすが都心は勢いがあるなと思った。
21:02 – 先週の水曜日ぶりくらいに出社した気がする。出社するとなんか仕事した気になるけど、別に在宅の時と比べてそんなに大きな進捗が出るわけでもない。ただの気持ちの問題と、周りからの認知の問題だと思った
令和6年8月21日
18:51 – 今日は6割くらいの出力で労働できたと思う。また胃の調子がよくない。
8:41 – 薬のおかげか途中起きずに眠れたが、相変わらず寝起きに動悸がする。きっとエアコンつけた部屋にずっといるせいなので、エアコンをやめてみようと思った。
令和6年8月20日
6:18 – ずっと浅い眠りで2時間毎くらいに寝ては起きてを繰り返した。公園の中に白人の外国人しかいないカフェがあって、入ったら出口がわからなくなってひたすら迷い続けたり、中学校のクラスメイトの親が交通事故に遭った現場に駆けつけようとしたけど間に合わなくて処理された後だったり、すごく複雑な数式から送電線の配線をシミュレートする課題が一人だけできなかったり、変な夢を色々見続けた。
19:05 – 思考が滑って仕事にならないので、4時ぐらいに仕事をやめて録りためていた映画を見た。
令和6年8月19日
朝になるとやっぱり疲れが取れてなくて、結局家にいた。午前中はほとんど何もしてないに等しく、午後は人からの質問に答えるのと次のタスクの進め方をぼんやり考えるくらいしかしてなかった。
夕飯はパスタ。お酒は飲んでない。
夜中の雨の後の涼しさが秋の気配を運んできてくれた気がした。
令和6年6月29日
車のオイル交換をした。
庭でカナチョロを見た。

令和6年6月17日
自分より2ヶ月後、つまり4月に入社した人が、最近なりふり構わず情報発信したり、自分の手に負えなそうなところまで手をつけたりしている。
自分も周りからそう見えたんだろうけど、第三者からこういう振る舞いを見ると、なんとなく滑稽に見える。もう少し慌てず段階を踏んでいこうと思った。いい年して承認欲求に飢える人間ほど醜くて愚かな存在は滅多にない。
令和6年6月9日
家に一人だと調子がいいらしいことが判った。床全体を掃除機がけできるくらい片付けたし、掃除機がけしたし、除湿機をキレイにして押し入れにしまった。灯油ストーブも灯油を抜いて押し入れにしまった。
午後はずっと何も成さず過ごした。
令和6年6月8日
調子がいいので庭の草むしりを一通りした。ずっと正体不明だった笹のような葱のようなボーボー生えてる植物はミョウガっぽい事が判った。恐らく百株近く生えてきてるが、何に使ったら食べ切れるのかよくわかってない。
紫陽花かわいい。


令和6年6月5日
ここ最近、メダカが週に一回くらい卵を腹からぶら下げて泳いでる。
ハトは結局子育ての時期を逃したのか、巣だけ残して何処かへ行った。
じゃがいもがあと1、2週間くらいで収穫できそう。
ソフトウェアの進捗はなにもない。組織の進捗の邪魔ならした。
令和6年4月19日
明らかに節々が痛く、寒気がする。いつもの場所で朦朧としながらシュガータイムの後半を読み切った。誰かと待ち合わせる人、地図を見て何かを確認する人、電話をとる人、色々近くに来た気がするけど、まるで電話ボックスの外側の出来事のようだった。Aさんは来なかった。足元がおぼつかないので、今日はエスカレーターを使った。
令和6年2月22日
Мは冷蔵庫にお肉をいっぱい買ってきていた。3キロはありそうなローストビーフ用の牛肉の塊、何枚もの透き通ったぶたしゃぶ用の肉、他にもいい肉が複数の段に置いてあった。僕はこんなに大量の肉をどうする気なんだ、食べきれない、腐らすつもりなのか、などと怒鳴った。Мはうつむいた。Мは今夜の夕飯は鍋にすると言っている。それでМはこれからまた買い物に行くらしい。それを聞いて僕は激怒しだした。激怒というよりはほとんど発狂だった。僕はМに向かってお前みたいな穀潰しはさっさと出ていけ、みたいなことを大声で叫び、地団駄を踏み、壁やドアを殴って威嚇する。Мは何も言わず無表情でうつむいたまま玄関へ歩き、靴箱の上の買い物袋を手に取り、穴の空きかけたスニーカーを履いて外へ出た。ここはアパートの1階らしい。窓から外を見ると、Мは顔を上げ、嗚咽を漏らし、涙を流しながら何かを歌っていた。そしてゆっくり歩いて自転車に向かい、鍵を外して出かけていった。その時になって僕はМが家に帰ってくるか不安になった。それで目が覚めた。
令和5年12月24日
全国高校生駅伝を見ながら、最後の荷物まとめをした。こんなに近くでやってるのに見に行かないのだから、きっとどこへ行ってもその地域の何をも体験せずに死ぬのだろうな。
令和5年12月23日
有給消化だからといって特別なことはせず荷造りやいろんな手続きばかりしてたので、特に書くことがなかった。
変化には慣れてるので、ワクワクとかもない。日をまたいだ引越しも過去にしたことがある。ただ今回は距離が500kmほどあるので、そこだけは目新しいかもしれない。
令和5年12月19日
有給消化2日目
午前
押入れと天袋の荷造り
午後
体調不良で寝込む 鼻がぐずぐずになり、倦怠感、寒気がした 頭も少し痛い
令和5年12月18日
有給消化1日目
午前
外回りの片付け
午後
光回線の廃止、制服の返送、太陽光発電の停止と片付け
令和5年7月9日
なんだか酷い夢を見た。未来旅行から返ってくると、僕の赤ん坊が生まれていることになっていた。生後1ヶ月とのことだったが、何かをはっきりと喋っていた。嫁は小学生のときに好きだったクラスの同級生のようだが、セックスも結婚もした覚えがない。僕よりも父親に懐いているようだった。
令和5年6月5日
この週末は丸二日何もなかったのに気づいたら終わってた。まともにできたのは一回の買い物と風呂の床掃除くらいだったと思う。本当に性能が落ちてしまった。
令和5年4月11日
ちょっと前まで寝不足が続いた分、最近は逆に寝すぎている。今日はいろんな夢を見た。山に走って登る夢、古い家が取り壊されてプラスチックの家が乱立する夢、車を運転しながらゲロを吐く夢。吐くときの苦しさと苦味と口の中の感覚がすごくリアルだった。
令和5年4月9日
今週末は何もできなかった。洗濯を少ししたことと、散らかったものを片付けたくらいしかしてない。あとはダラダラしてるうちに2日過ぎた。
令和5年3月30日
なんだか夢をたくんみた気がする。大学の美術館にある当直用の一室に寝泊まりしている夢だった。陽の光がよく入って、広い机があって、本棚があった。ずっとそこに居たかった。なんだか現実が嫌だ。
令和5年3月10日
腹痛も加わって、何もしてないのにヘトヘトになってしまった。しばらくまともにご飯を食べれていないので体温が上がらず、寒い。
令和5年3月9日
花粉症が酷かったり、口内炎が酷かったりで疲れて、在宅勤務中に居眠りしてしまった。それでも夜は夜でよく眠れたので、多分本当に疲れていたんだと思う。
令和5年3月7日
最近眠りが浅いことが多いのかよく夢を見るが、たいてい込み入った夢を見る。
今日はなんだか面白かった。山登りにでかけたら天気予報がひっくり返り、突然の大雪に見舞われた。山頂にいると救助隊員が現れ、そこにいた他の登山客と隊列を組んでまっすぐ下山した。家に帰ろうと電車に乗っていると突然空襲警報がなり緊急停車した。窓から外を見ると富士山が大噴火(ここは都心なのになぜかすぐ近くにあった)して、火砕流がこちら目掛けて流れてきていた。すぐに非常コックで扉を開けて外に飛び出し、近くのオフィスビルに逃げ込んだ。ロビーから階段を見つけて駆け上がるが早いが、凄まじい勢いで溶岩の塊が流れ込んできて、後ろにいた数人が瞬時に飲み込まれた。
その後数日その状況が断続的につづき、次第に一緒に避難してる人と顔なじみになった。命がけで食料調達に出ては火砕流に見舞われ、その度に何人かが犠牲になった。眼の前で腕だけ丸焦げにされた人もいて、急いで消火栓の水をぶっかけたりした。
やがて噴火が収まると、あたりは木造の建物はほとんど無くなり、まるで戦争があったかのような情景になっていた。
令和5年2月7日
ツイッターを本当に使う気にならなくなった。
家にいて仕事をするとまあソコソコ進むが、捗ったかと言われるとそうでもない。そこで翌日出社してみるが、やはり最初の一時間くらいは頭が回らないし、人に話しかけられるし、なんとなく尿意を催した気になってトイレに立つし、小腹がすいて売店に行ったりなどする。結局のところあまり変わらない。
ファミマの冷凍台湾風まぜそばがめっちゃコスパいい。
令和5年1月3日
元日、結構な家で「みんなでゲームをして過ごす」という習慣が浸透してるようだけどこれが本当に苦手だ。小さい頃はお決まりのごとく実家に引っ張っていかれ、大勢ですごろくだのかるただのやらされたが、弱い手が出たり負けたりすると決まって皆笑ってくる。人が失敗する様子がそんなに面白いのかと思い気分が悪くなって以降の不参加を表明すると、皆口を揃えて「また行っちゃった」とか「ひねくれた」とか言うものだった。人の負けを笑う方がよっぽど捻くれてるだろうに、よく言ったものだ。なんで年始早々こんな嫌な思いをさせられなきゃならないんだ。これだから、人前で努力したり人前で失敗することは他人に付け入る隙を与えるものだと思うようになった。
令和5年1月1日
久しぶりによく眠った。結構長い夢を見たが、覚えているのは学校か職場のようなところで知らない女性に静かに見初められ、触れられるところだけだった。正面から澄んだ瞳で見つめられ、柔らかい唇が自分のそれに重なる感覚があった。
令和4年12月31日
結局Aさんとはあの時会って以来声でお話していない、そのことが帰省中もずっと頭の片隅にあった。Aさんは一人で温泉に行っていたようなので、その時に時間を作ったらよかったろうか。しかし、やはり思い切りがあるのはAさんの方だった。好きな人と一緒に料理を作るのはこんなに楽しいことだった。自然と笑みがこぼれて、気持ちが和らぐのがわかった。この人は僕にこんな色々な感情を見せてくれる。それは僕が僕だからで、他の人ではだめなんだ。そんな恐ろしいことを考えていた。そして大晦日の明け方、布団の中でこれを書きながら、Aさんの形や温かさ、体重を掛けすぎると割れてしまいそうな繊細さを思い出していた。
令和4年12月24日 21時23分
自分の中で誤ちに理屈をつけて決着させる自己完結のやり方は、その素振りを一切表に出さなければ他人を傷つけないで済むけど、同時に自分の中に介入をさせない孤立したやり方でもある。人を大切にすること、人を愛すること、人に寄り添うこと、人に依存することは、それぞれのバランスが本当に難しい。
令和4年12月22日 18時39分
今日は帰りにスーパーによって、ラザニアを作る材料をちょっと買ったり、シュトーレンを買ったりした。
令和4年12月20日 18時16分
明後日22日は冬至らしいので柚子を4個と、日持ちするおせちの材料を買ったりした。干瓢は去年のがまだあった。
あと、いつまでも労働のことを頭の中に残しておくのも記憶領域のムダで鬱陶しいので書いておくと、いつもやれ品質が大事だとか言ってる管理職が、出社した昨日の朝だか、次の主力ソフトウェアのプロジェクトミーティングで「設計や保守性が悪くなるのは分かりますけど、やれば見た目としてはできますよね?」などと言っているのを耳にした。こいつはいつも言うことがブレブレで筋が通っていない。
令和4年12月17日
Aさんとどこか旅行に来ていて、お互いにもう少し一緒に居たいくなり、特に申し合わせなしにチェックアウトのときに一泊延長を二人で申し出た。部屋に戻ったあと、今日もこの人にじっくり優しく触れて、中を満たそうと思った。
令和4年12月15日
2日連続で立ってコードを書いていたら、左の太ももがなんだか痛くなってきた。在宅で誰にも声をかけられないと、本当にコードを書くのは捗る。今日もよく単純作業をした。
業務時間が終わると同時に日が落ちたので、朝干した洗濯物を取り込んで、あとは自己研鑽()の時間にする。正直仕事をしているという感覚ではないので、いくらでも続けられる気がした。しかし足はだいぶ疲れてきたので、腰を下ろしてAさんのことを考えてみた。でもAさんのことを考えると、自然と僕はどうすべきなのかという問いも出てくる。この先どうするべきなのか、漫然とこの状態を続けるのがいいことなのか、分からない。きっとAさんなら、次に詳細な分析を始めるかな。
令和4年12月13日
僕は何かインターネットで誰かを誹謗中傷して、その逆恨みで会社を特定された。そのことが明るみになってマスメディアに取り沙汰されて大炎上した。僕は会社で役員まで集まるような会議に招集されたが、何故か皆僕を庇って穏便に済ませようとしていた。僕はそれを見て「辞める覚悟はあるので、するべきことをしてください」のようなことを言っていた。家に帰ってAさんにそれを報告したら、褒めてくれた。 目が覚めたらいつもの布団に一人で横たわっていた。 昨日と今日の落差がありすぎて、かなり混乱している。やはり半日ちょっとで完全に現実に引き戻すのは無理があるのかもしれない。
会社の自席は残っていたのでPCを起動してOutlookを開くと、何かお詫びのメールが来ていた。先週に特許の実績報奨金支給式出席の依頼という連絡があり、あまり身に覚えがない気がしつつも出席の旨を返事していた。それが同姓同名の退職者と誤って集計し、連絡したというのだった。
以前にもこの退職者にちなんだ金銭のトラブルがあった。ずいぶん後になってから気づいたのだが、この人が退職したときから交通費の支給が止まっていたのだ(確か2021年の確定申告をしようと給与明細を確認していた時に気づき、それは当然さかのぼって支給させた)。その時も同姓同名であったことが原因で誤って処理をしていたといわれた。
一応姓名以外に個人を特定するIDが運用されているのだが、その存在はどうやら知らないらしく、対策は「十分留意する」ことらしい。この対策は実在しないと思っていた。わざわざ真摯に返信する義理もないので、金儲けの駒よろしく「ご連絡ありがとうございます。」のような機械的な返事をしておいた。
令和4年11月29日
今日は久しぶりにして一旦最後の(というのも、何かあったときは連絡すればまた相談できるらしいため)カウンセリングがあったのだが、そこでの話の中で面白いことに気づいた。
僕は基本的に自分を大した人間ではないと評価している。なぜなら世の中には自分より優れた人間のほうが多いからだ。しかし一方で、僕は仕事その他何かやらなければならない事があると、自分で抱え込みがちになる。
自分が大したことない人間ならば、大抵のことは他人に任せたほうが全体として上手いこと回ることになる。しかし実際はそうはならないため、矛盾が生じた。数分考えた後、差し当たり次のような答えが出た。
世の中には自分より優れた人間のほうが多いが、目の届く範囲にいる人間の能力はある程度把握できる。そこで明らかに自分より能力が高いことが判明していなかったり、実績に乏しい人間だと判断した場合、自分のほうが効率的に物事を完遂できると考えるのではないか。
その他にも、単純に周りの人間が忙しいとか、どうせこんな面倒事は誰もやりたがらないだろうと思うとか、そういう場合もある。僕は通知表によく「責任感がある」といったようなことを書かれていた。
令和4年11月13日
昔メンターだった人に新しいメンティーがついて、自分より優秀になって楽しそうに仕事をしていた、そんな人に「あなたの人生に憧れます」とか言われて、こいつは何なんだ、などと思ったりした。そんな夢。
令和4年11月2日
今日は賞与考課の面談があり、その中で腑に落ちない発言があったので、できるだけ公平になるよう記録しておく(カッコ書きはその発言に対して自分の中で発生した自分の立ち位置から見た解釈である)。
- 半期内に達成を期待される各タスクに対して難易度を設定するが、それは「難易度」というよりはその結果がどれくらい業績に貢献するかをもとに判断される(自分はこれを「技術的な難易度は大きな要素にはならない」と解釈した)。
- あくまで難易度は「現在の職群」をもとに設定されるべき(賞与考課の配分は相対評価になるため、比較対象は同じグループの同じ職群の課員となる 最近この会社は成果主義を推しているが、ではライバルは誰かとなったときに、正確な情報へアクセスする手段がないのも疑問)。
- 最終的に売り上げにつながることがビジネスを推進する部署として重要であるので、新規製品の開発は結果として開発開始時に設定した売り上げ目標の達成が評価軸となる(つまり新規開発や売れない製品の保守、改善に充てられた人間はジリ貧であり、結果につながらなければ投資した結果残った成果物は負債であると認定されるし、これは純粋な意味での「開発」ではなく、個人のタスクに営業成績まで影響を及ぼすいわゆる「市場開発」が求められていると解釈できる それができたら起業できるのでは?個人目標の設定とその評価が目的であるのに、最終評価の尺度が組織としてのアウトプットになるというのは甚だ疑問が残る)。
令和4年10月31日
月曜日、会社に来るのが憂鬱になる理由について少し考えてみた。
まず労働は嫌だ。なぜか。誰かとやり取りする必要があるから。(1)
なぜか。現在の状況や進捗の共有などをする必要があるから。(2)
なぜか。会社は営利団体であり、成果を出す必要があるから。(3)
なぜか。株主の投資に対して利益を還元する必要があるから。(4)
4段階くらい踏み込んだので、それぞれに対する解決策を考えてみる。
(1). 月曜日にそんなに他人とのやり取りがあるかを考える。現状はほとんどない。今後ありそうになったら、できるだけ月曜日を避けるようそれとなく調整すればよい。
(2). 進捗があるかどうかは自身の責任である。また進捗がないと感じる根拠は何か。実際のところ、多いか少ないかの判断はさておき、毎週何かしらの進捗はある。多いか少ないかの判断は(今所属している組織の場合は特段に)画一的ではないため、翻って自身の中で「ある」と結論付ければそれでよい。
(3). 減給、降級、標準未満の賞与考課等の措置を講ぜられない限り、具体的に「期待以上の成果を出せていない」という評価はされていないととらえるべきである。また上記の措置を講ぜられた場合においても、その原因が、第三者(医師、弁護士等)の判断によって、自分自身で対応可能な範疇を超えるとされた場合はその限りではない。
(4). 自分が投資家になれば解決できるジレンマであるため、小口でもよいので持株会へ加入する、もしくは自社の株式を保有すればよい。
以上。
そういえば、今日は沓澤君の誕生日だ。元気にしているだろうか。
令和4年10月28日
今日は在宅勤務。朝いち、開発者から送られてきた不具合修正の確認をしたら、過去に駄目だししたパターンをまたやってきた。もう朝からやる気がなくなったので、適当にやって、週末を迎えようと思った。
令和4年10月24日
日記ほど書くことはないけど、何かあったときに記録を残せる場所があったらいいなという話を以前Aさんとして、なんとなく作ろうかなと思ったので、屋上に出て休憩がてら作った。
